2010/04/04

フィメール・トラブルのほうへ(後編)


(前編から続く)
思い出した本、それは昨年読んだ中で抜きん出て最も印象的な読書体験だった『レッド・パーツ』のことだ。奇しくもラ・ビアンカ事件と同じ1969年にミシガン州で起きた、若い女性の連続殺害事件の被害者を叔母に持つ詩人、マギー・ネルソンのメモワール。Maggie Nelson, The Red Parts: A Memoir
Free Press   2007年
自分が生まれるずっと前に起きた叔母(お母さんの妹)の殺害事件の容疑者が35年を経てDNA鑑定で見つかり、母や祖父と共に遺族として裁判に出席する日々の記録と、叔母のジェーンが生前に書いていた冒険心と希望に満ちた若い娘としての日記、それに書き手ネルソン自身の生い立ち、両親の離婚、若い頃は手のつけられない不良で何度も施設に送られた姉とのこと、別居していた父の謎の死、詩人/研究者としての自分のキャリアや苦悩、大恋愛や別れ、などが彼女にしかできないやり方で、しっかりと織り合わされている。

広い世界に飛び出したいという若い女の子の野心と、言葉では言い尽くせない恐れや不安。外の世界にも自分の中にもある、暗くて深い闇。それに加えてこの作品は、むごたらしい犯罪に巻き込まれた被害者遺族にも当然ある「日常」を描いている点でも興味深い。…って冷静に書いちゃったけど、去年の夏この本読んでた喫茶店でもう感情が揺れ動きすぎてコーヒーひっくり返して全部こぼしてお店の方すみませんでした、隣の席の方親切にありがとう。なぜそこまでかって、同じように母と妹と叔母がいる私ですが、普段は復讐や報復という考え方を絶対にしたくない、でも妹がもし万が一ひどい目にあったりしたらと想像するだけで、相手を殺しかねないと思うほど頭に血が上ってワナワナしてしまい、同時に考えただけで恐ろしさと無力さで体がヘナヘナしてくる。
↓の引用は裁判所のスクリーンに映し出された叔母(ジェーン)の遺体の写真を見ながら検視官の詳細な説明を聞いたときのこと。作者と姉は当然ジェーンには一度も会ったことはないが、ショックのあまり泣いてしまう。自分たちの知る限りいつも冷静でたくましい母は、がっくりと肩を落としてひたすらぶるぶる震えていた。

私と姉のエミリーは休憩時間にトイレに行った。エミリーはさっき、母の方を見ることすらできなかったと言う。あんなに苦しんでいる母を見るのは耐えられなかった、と。私は彼女に賛成しながらも、自分の中にある褒められたものではないもう一つの母への感情を打ち明けられずにいた。私は母に対して怒りを感じてもいたのだ。私たちの母には、あの詳細な説明を動じずに胸を張って聞いていてほしかった。検視官の言葉に打ちのめされ、少女のように小さくなってしまう母の姿など見たくなかった。顔を背けたり、震えたりしてほしくなかった。しかしそこで、私の美しい姉が手を洗って乾かし、口紅を塗り直すのを見ながら、さっき眺めていたスクリーンに大写しになっていた写真がジェーンではなく彼女だったとしたら、自分はどう感じただろうかと想像した。考えただけですぐに罪の意識に襲われ、わけがわからなくなり、だんだんと吐き気がしてきた。ジェーンという人は、母の妹だったのだ。私は何を考えていたのだろう?

(↑マギー・ネルソン。同じ題材を取り上げた詩集 Jane: A Murder は、アイリーン・マイルズに"A deep, dark, female masterpiece"と評された)

そしてこの本を何度読み返してもやっぱりブルっと来てしまうくらい感動的(ていうのもちょっと違うけどほかに言葉が見つかんない)なのは、私にとって恐ろしいくらいに馴染み深いある感覚がこの本を覆っているから。

16歳のときオーストラリアの全寮制の学校に留学していて、学校の敷地内にも野っ原やちょっとした林や丘があるくらい広かった。そんなところまで行く生徒は隠れてタバコを吸ってる子くらいなもので、敷地の外れを夕方ひとりでぶらついていても誰にも会わない。あるとき原っぱの真ん中あたりに2メートル四方くらいの膝くらいの深さの穴というかへこんだ場所を見つけて、それ以来ときどき日が沈むくらいの時間になるとそこに入って座っていた。そうしていると不思議と何も感じなくて、つまり背中にあたる土の壁とかお尻の下のつぶれた草とかは感じるんだけど、自分は日本からここに来ているとか、まだ言葉が通じなくていつもおミソ状態で小さい子になった気分だとか、ホームシックとか、その時の日常ではいつも頭や心を占めている意識や感情はまったく忘れ去られて、ただ生きてそこに座っている、ということだけが強く感じられたのだ。そういう感覚。

四国の島をひとりで旅したときに、大きくうねって海岸まで続く、ときどき通り過ぎる車のライト以外には灯りも無い広い坂道を夜、自転車でゆっくり下っていったときのあの感覚。

この間の深夜2時くらいに六本木から渋谷に向かって歩いていたときに、途中トンネルのようなものの中に入って進んでいるときにも同じような感じを味わった。

奇妙に世の中から切り離されていて、もし死ぬってことがこういうふうに忘れ去れらている感じがずっと続くうようものなら怖くないし悪くもないなあ、という思いと、でもそう感じている私は生きてるんだなあ、そうだ!私、いま、生・き・て・る! みたいな思いがまじりあった静かな高揚感とでも言ったらいいのだろうか。こういう感じはときにふと訪れて長く長く心に残る。

こういう感覚そのものは男の人(男の人としてパスする人)にもあると思うけど、「女の子がそんな寂しいところを一人でほっつき歩いて何があっても知りませんよ」という残酷なことを言われ続けて育つと、そういうことをすること自体になんとなく恐ろしい匂い死の香り、それへの抵抗として「いいえ、私は強くて自由なので絶対にこんなところで死にません」という毛穴のぞわっとするような気合を感じている気もすんの、どことなく。

この本の中でこの感じがはっきり書かれている部分。これはネルソンが昔の恋人と会って帰るところ。

 もちろん元恋人は私を送ってくれなかった。代わりに私は酔っ払ってさまよい歩いた。メインストリートから電車の線路まで行き、その横に寝転んで世界の静寂さに耳を傾ける。仰向けのまま煙草を吸って背中に地面を感じ、夜の闇に生きるものたちの一部になった。
 思い出しうる限りずっと、私はそんなふうに感じるのが好きだった。街なかにひとりぼっちでいたり、夜に外をうろつき回ったり、地面に横になったりして、名前もなければ誰の目にも留まらない存在になって漂っているのが。群集の一部になりながら、反対に自然や自分なりの「神」とひとりきりで向き合う。公共の空間の中で、自分の意識は研ぎ澄まされながらも、同時にその大きさの中に溶けて失われていくような感覚。完全に空っぽな状態で、でもまだ生きている。それはまるで死に備えた練習のようだ。
 女性に何も感じさせまいとする試みは、驚くほど様々な時代や場所で行われてきた。そして、未だに行われている。女が一人で夜に出歩いたりすればひどい結果を招く、とあまりにしつこく教え込まれすぎて、自分がそうしているのは勇ましく自由な気分だからなのか、愚かで自暴自棄になっているからなのか知ることさえ不可能なのだ。けれどときに死の練習は、ただ純粋に死の練習そのものでしかない。

この感じに近い気分が驚くほどよく描かれているものに、『パリ・ジュテーム』というオムニバス映画の中に入っている短編で、アメリカ人の中年女性(いわゆるおばちゃんて感じの)が一人でパリを旅行する話がある。監督が『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!』の人でびっくりしたけどさ。あとちょっと違うけどエリック・ロメールの映画でときどき見かけるシーンに、自然の中で女の子が唐突に(あるいは風が吹いて木の葉が揺れたくらいのきっかけで)涙を流す、というのがあるけど、それにも近いものが含まれている気がする。多くの人がゼロ年代最高という『殺人の追憶』、私だってずっと鳥肌立ちっぱなしで興奮して見ていたのですが、映画の凄さと関係ない(あるかな)ところで「死ぬな死ぬな生きろ襲われるな!」ってずっと思ってしまったよ、なんか悔しかったの。


さて話がウォーターズの新刊から私の勝手な方向に進んできましたが、とにかく一冊の本としてはどんなものになるのかとても楽しみ。ちなみに偶然にもウォーターズの映画のタイトルが店名の古着屋さんで買った、悲しげな顔の子猫の写真(イラストじゃないの、写真なのよ!)がたくさん映し出された不気味エレガントなスカーフ(↓これ)にアイロンをかけながら、抜粋をまだ読んでいないミャーザキ君に後から説明しようとしたときも、再び泣きそうになって声が震えてしまったので、あの号泣はやはり単なるPMSのなせる業ではなかったのよ。
(↑写真で見るとペッカペカだけど本当は結構いい)

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